結論:アシカ科では初めての報告、トドはヒトの音声コマンドを識別できる
今回紹介するのは、佐々木ら (2022)の「Human Vocal Commands Verify Audio Discrimination Ability in the Steller Sea Lion Eumetopias jubatus (ヒトの音声コマンドによるトドの音声識別能力の検証)」です。兵庫県にある城崎マリンワールドで飼育展示されているトドの「ハマ」が、トレーナー4人がそれぞれ出した音声コマンド(いわゆるボイスサイン)を識別できていることを科学的に証明しました。
トドの生態はこちらで詳しく紹介!↓
動物にとっての音とは?
さまざまな生き物において、音を使ったコミュニケーションが行われていることはわかっています。海洋生物ではイルカが個体ごとの特徴的な音(シグネチャーホイッスル)で互いの存在を確認します。逆に言えば、音声によるコミュニケーションを行うためにはその音を識別する必要があります。
音の識別は種を超えても可能であることが分かっていて、チンパンジーやハイイロインコなどではその種固有の音響信号以外の音を識別することができます。
ひれあし類にとっての音
ひれあし類ではさまざまな種類の鳴音を使って種内でコミュニケーションをとります。例えば母獣が鳴音で自分のコドモを見分けたりしています。
アザラシではヒトの声を模倣したり、セイウチでは10種のヒトの音声コマンドを識別するなど、種を超えた音響信号の識別ができることが証明されています。
トドも威嚇や求愛の時、母子間で音響信号を使っていることが分かっています。つまりアシカ科であるトドでもヒトの声を識別できる可能性があります。
城崎マリンワールドの「ハマ」の能力
2009年にアクアマリンふくしまで生まれ、その後城崎マリンワールドにやってきたメスのトドの「ハマ」。2014年からすでにボイスサインを使ったトレーニングを実施していたそうです。
※多くの水族館では種目の合図(サイン)をトレーナーの手や体の動きで出しています。これをハンドサインと呼んでいます。
ですが普段はトレーナーがハマの近くにいるので、唇の動きなど視覚刺激も判断材料として使っている可能性があります。本研究では4人のトレーナーがハマの視覚外で出す音声コマンドとスピーカーから出された音声コマンドの2種類の音響刺激を用いて、ハマが識別できるかを調べました。
方法:生声と録音声で実験
実験1:隠れてボイスサインを出す
ボイスサインを出すトレーナーは、ハマから見えないところから10種類のサインをランダムに出しました。
10種類の種目は、
・イヤイヤ(首を左右に振り続ける)
・オーケー(首を上下に頷き続ける)
・おまわり(時計回りに一回転)
・けいれい(右前肢を鼻に当てる)
・ゴロン(転がり回る)
・チンチロリン(両後肢を振り続ける)
・なげキッス(左前肢を鼻に当て、払う)
・バイバイ(左前肢を振り続ける)
・ハマ(1回吠える)
・フセ(地面に伏せる)
です。それぞれの種目はYoutubeで確認することができます。
男性2名・女性2名のトレーナーがサインを出して、種目ごと&トレーナーごとでのサインに対する正解率を調べました。
実験2:録音したボイスサインを流す
生声ではなく、スピーカーからでる録音音声でも識別できるのかを調べました。実験1と同じトレーナー4名によるボイスサインを事前に録音し、ハマに聞かせました。種目ごと&トレーナーごとでのサインに対する正解率を調べました。
結果:種目やトレーナー間で違いがあるものの、音声刺激を弁別できた!
実験1(隠れたトレーナーからボイスサイン)では、すべてのサインで正解率が高くなりました。つまりハマは音声刺激を区別して、それを特定の行動と関連づけることができているといえます。
また実験2(スピーカーから出るボイスサイン)では「ごろん」以外は正答率が高くなりました。特に「投げキッス」「バイバイ」」「ハマ」の正答率は他のサインより高くなりました。正解率が高いサインは全てが「a」の母音の単語から始まっていたので、ハマが聞き取りやすかったのだと考えられます。
トレーナーによる正解率の違いは、実験2の一部のサインで男性トレーナーの方が正解率が低くなりました。他の人より低いトーンで発声していたのが理由と考えられますが、今回はトレーナー同士の音声の細かい違いまでは調べていなかったそうです。今後のさらなる研究に期待されます。
まとめ:トドは音を使って複雑なコミュニケーションをする可能性も!
過去の研究でセイウチやアザラシなど、他のひれあし類で音を認識できていることが分かっています。今回の研究を通してトドのハマが音声刺激のみで特定の行動を起こすことができたということは、野生下でもトドが音使って行動を変える、つまりコミュニケーションができていることが示されました。今回はハマ1頭での事例報告でしたが、城崎マリンワールドでは他のトドにもボイスサインでトレーニングを行っているそうなので、今後の新しい情報にも注目していきたいです。
〇紹介文献
Sasaki, M., Chiba, M., Ito, E., Tsutsumi, K., Ito, K., & Sunobe, T. (2022). Human Vocal Commands Verify Audio Discrimination Ability in the Steller Sea Lion Eumetopias jubatus. International Journal of Comparative Psychology, 35. Retrieved from https://escholarship.org/uc/item/5fs4b6ht
※アイキャッチ画像および本文内の一部画像は、佐々木雅大さまにご協力いただきました。心よりお礼申し上げます。