論文の概要
日本野生動物医学会誌にて先日公開された、「鳥羽水族館の鰭脚類における受診トレーニングの発展」を読みました。
概要としては、鳥羽水族館が2006年~2020年に行ってきたひれあし類の受診トレーニングの実施件数が増えてきたこと、それによりひれあし類の健康や繁殖、生態解明に大きく貢献してきた、というものでした。
「受診トレーニング」とは?
そもそも「受診トレーニング」とは何でしょう?
例えば私たちが病院に行って、「血液を取りますよー」と言われたときに何をするでしょうか?
採血をする台の前に座って、袖を捲って、腕を置いて。
さらに血を止めるバンドを巻かれたり、アルコールで拭かれたり、最後には針を刺されたりしても動かずに待つ、、、という一連の流れがありますね。
これを動物にやってもらうにはどうすればいいでしょうか?
体が小さい動物なら、抱っこで抑えればできるかもしれません。
ではひれあし類はどうでしょうか?
仮に今日だけ無理やり抑えることができても、動物が嫌がって暴れれば動物や人がケガをする可能性もあります。また近年は動物福祉の考えが高まっているので、そういった動物に過剰な負担をかける行為は薦められません。
なので水族館や動物園で飼育している動物では、普段からさまざまなトレーニングを行うことで、自発的に診療に必要な姿勢を維持してもらうようにしています。
こういった診療を受けるための状態を作るトレーニングを「受診トレーニング」といいます。
鳥羽水族館でのこれまでの取り組み
鳥羽水族館ではこれまでに飼育してきたひれあし類7種、69個体で2653件もの診療を受診トレーニング下で行ったそうです。
診療項目も、採血、超音波検査、X線写真、投薬・注射、細菌検査、眼科検査、麻酔などなど、、、まるで人間の健康ドックのようですね!
これらの診療は、病気の治療以外にもひれあし類の繁殖や定期検査を目的として行ったそうです。
病気の治療の一例としては白内障(眼球内の水晶体が白く濁る病気)の検査や、手術後の点眼などを行ったそうです。
また繁殖については、今までほとんど繁殖がなかったオタリアやミナミアフリカオットセイで胎子の成長を観察することができたそうです。
イルカでは胎子の成長速度がかなり調べられていて、胎子の大きさから出産予定日を計算することができます。ですがひれあし類では出産日の予測ができるほどの研究は進んでいないので、今後の繁殖技術の向上も目指すことができますね。
また定期検査を行うことで、見た目にはわからない異常に気付くことができますし、そもそも正常な数値とは、普段から調べてないとわかりません。
水族館の限られた人手の中で定期的に検査をするためには、どうしても動物の協力が欠かせないということです。
まとめ
今回は鳥羽水族館のひれあし類における受診トレーニングがどのように発展してきたかを紹介しました。
水族館で動物が元気なのは当たり前、と思ってしまいそうですが、野生動物であるひれあし類は痛いときに「痛い」とアピールしてくれることはありません。またひれあし類の生態についてはわかっていないことも多いので、トレーナーや獣医が日々観察しながらよりよい飼育展示に向けて努力をされています。
今回の論文を読んで、鳥羽水族館では採血や体温測定など基本的な検診だけでなく、エコーやX線、麻酔などかなり大がかりなものも行われていました。
またそれらの情報がひれあし類の繁殖や健康管理にどのように役立てられているのかを知ることもできました。
水族館・動物園では動物の飼育技術で新しく分かったことを論文にしたり、研究会で発表することもあります。今までうまくいかなかったことを紹介することもあるので、伝え方が難しく、なかなか公表できないこともあります。
そういった状況の中で長年にわたる努力と結果を取りまとめた今回の論文は、ひれあし類飼育技術全体にも大きな影響を与えたと思います。
今回の論文のように誰でも無料で読むことができるというのはあまり多くないのでぜひ皆さんにも読んでいただきたいです!
〇紹介文献
・笠松雅彦, 鈴木智大, 八幡奈緒, & 村松那美. (2022). 鳥羽水族館の鰭脚類における受診トレーニングの発展. 日本野生動物医学会誌, 27(2), 99-109.